加齢とともに生き易くなった

押井守氏の新書を読んだ。

非常に軽妙な語り口で柔軟な考え方が提示されていて面白かった。

凡人として生きるということ (幻冬舎新書)

凡人として生きるということ (幻冬舎新書)

本の内容とは逸れるだろうが書きたいことを書く。

自分の経験と感覚に限って言えば十代の頃より二十代の方が、義務教育の期間よりもそれを終えてからの方が、社会人になる前よりもなった後の方が、つまり年をとるにつれ格段に生きやすくなった。

それはなぜかと自分なりに考えると、きっと「可能性が狭まったから」だろうと思う。目の前に無限大の可能性が広がっていても選び取ることができなければ意味はない。そして可能性が大きいということは選択肢が多く選びづらいということだ。十代の頃、自分は何かを選び取ろうとして何も決めることができなかった。好きなことをすればよいと言われても無数の選択肢からメリット・デメリットを勘案して何かを選択して将来を考えることはとても難しかった。

自分は高校時代に不登校になり大学には行かなかった。専門学校に進みその道で就職したもののそれもうまくいかなかった。年月は残酷にも過ぎ去り、純粋に若者であるとは言い難い年齢に差し掛かり、目の前には十代の頃に感じられた無限の可能性は存在しない。自分なりの選択によって進んできた道によって加齢によって可能性は狭まった。

しかしそれによって生きやすくなった。いまではもうあるのかないのかわからない可能性に頭を悩ませる必要はない。あるのは自分が足を踏み出した結果に広がる世界の可能性でそれ以上でもそれ以下でもない。

30歳を目前にして思うのは、きっとこの先今よりもっと生きやすくなる中で、自分なりの選択を尊重し前向きに足を踏み出していきたいという、ただそれだけの単純なことである。