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最近考えること

色々なものが移り変わっていく時代に、変わらずにそのままであろうとするよりも、常に変化していこうとする方が、リスクが低いのではないか。今の場所にそのまま居続けることを考えるよりも、絶えず違う場所を求めて彷徨っている方が、むしろ安全策といえるのではないか。

アダム・スミスが『見えざる手』と名付けたように、ひとりひとりが全体のことを考えて動くよりも、個々人が各々の利益を追求する方が結果的にそれが全体の利益につながるというような、個人主義的な考えを基にした組織を作れないだろうか。一番大切にすべきは自分のことであって組織ではないし、理由にせよ言い訳にせよ自分を根拠にしないとややこしくなる。ひとりひとりが自分の利益を追求できる組織があれば。

介護福祉士国家試験を受けた

インテックス大阪にて第29回介護福祉士国家試験を受けてきました。

本屋で適当に見つくろった参考書を一通りやって、去年の過去問を一回やって、まあなんとかなるかなという感じで臨んだのだけどやっぱり当日は緊張する。

インテックス大阪はとにかく広い・寒い・人が多い。

なぜこんな冬の厳しい時期に毎年実施するのだろう。温暖な大阪はよしとしても北国の民はどうなるんだ。とにかく防寒対策はしてもしすぎることはないので厳重にすべき。今年は当日が小春日和で暖かく助かった。

試験は午前・午後の二部構成でそれぞれ100分ずつくらいあるんだけど60分過ぎたら途中退室も可。個人的には時間はかなり余裕ある感じだった。わからない問題に悩みすぎることをしなければ焦る必要はないしわからない所は飛ばせばいい。

午後のテストを終え会場を出ると、出待ちの業者がティッシュを配ってて何かと思ったらどこそこのサイトで解答速報やってるよとのこと。なるほど。

ティッシュはいらないのでもらわなかったけど、帰宅後WEBを見てみるといくつかのサイトで解答速報が行われていた。その日の夜というか早いと夕方くらいには解答が出ててその仕組みに感心した。テストマスター(仙人的な)みたいな人が解いて載せてるのかなあ。

自己採点の結果まずまずの成績でほっと一安心。大人になってからはあまりこういうことがないので試験勉強の焦りやらで精神がやられそうになる経験はライフイベント的に貴重だと思った。

のんびりしたい。一段落した後のビールはうまい。

仕事柄年末年始は忙しく遅れて帰省したらちょうどその日は大雪だった。

雪すごい。

雪は素敵なんだけど寒さがつらい。こたつに入って丸まるしかなくて鬱。暖かさは正義。

Galaxy S7 Edgeのスマホケースを新しいのに変えたらとても良かった

新年めでたいのでスマホケースを新しいのに変えた。

前使ってたのは透明のケースで隙間の埃とか汚れが目立つのが不満だった。なので本体と同色の黒色でシンプルなケースがほしかった。Galaxy S7 Edgeは裸だと手に持つと滑りやすいので持ちやすさも重要。

そこで評判の良いSpigenさんで絞って検索かけて良さげなのをチョイスした。大当たりだったので以下良い点を挙げていきます。

黒い

シンプルな黒色で本体とよく合う。

ぴったりフィット

申し分ないフィット感。

ぬめっとしている

ポリカーボネート素材がぬめっとしていて滑らず持ちやすい。かといって安っぽいゴム感もなくて絶妙。Amazonのレビューを見ると色によって多少違いがあるみたいです。

シンプル

過剰な装飾が無いのが良い。ボタン部分を覆わないのも割り切っていて好き。なぜかカメラ下部に「AUTO FOCUS」の刻印があって謎だ。

精神の健康のために

今年の正月は天気が良くてよかった。晴れの日が続いてそれほど寒くもなく、三が日が明けても清々しい気持ちを持続したまま日常を過ごすことができた。

新年は何かと始めたくなることが多いけど今は特に思いつかない。とにかく毎日をマイペースに送る。初打ち(麻雀)の結果はぼちぼちで機嫌が良くなってしまったのか、帰り道にAPCで高いジーンズを買ってしまった。

最近思うに、自分の場合、精神が健康であれさえすればまあまあなんとかうまくやっていける。仕事であれ生活であれ、わりと器用に潰しがきくタイプだ。しかし精神が潰れることがあるので注意しないといけない。精神さえと思っていても腰痛から精神がやられていくこともあるので身体にも気を遣わないといけない。しかしとにかく精神の健康だ。

頭を動かすか体を動かすか、仕事の話としてそういう大雑把な二極論はよく聞くが、「頭を使って体を動かす」というようなやり方が自分には一番合っているのではないかと思う。机に向かって集中して手を動かすような仕事ではなくて、もう少し体全体を使うような仕事がいいのではないか。場所も一箇所で過ごすのではなく移動を伴うものがよいのではないか。その上で考えるという作業が必要になってくるような、そういうのが精神の健康にはいいような気がする。セレブになりたい。

2017年の抱負

今週のお題「2017年にやりたいこと」

あけましておめでとうございます。今年は有難いことに三が日にお休みを頂き、のんびり寝正月で過ごすことができました。リフレッシュして昨日から仕事始めです。世間一般っぽい感じに乗っかってしまいました。

賑わいまくっている住吉大社へ初詣にも参じ、なんだかめでたい感じも味わいました。住吉大社はさながらお祭りのようで、たくさんの出店があり日本酒も振る舞われ、おみくじは大吉で今年はきっとええ感じなんちゃうかなと思わされました。そういう雰囲気を味わうのって大事やなーと。浮かれて調子の良い内に今年の抱負を考えようと久しぶりにお題に乗っかってみました。

1. 変化

今の仕事を初めて3年が経ち、マンネリを感じることが多くなりました。成長とは無縁な業種ということもあり、上がらない給料の中消耗戦に陥り不満をため込むよりも、何か変化を求めたい。がらっと変わらずとも変化の種が見つかるような一年にしたい。私生活も。

2. 健康

腰痛と無縁の一年にしたい。すぐ三日坊主になってしまう体幹トレーニングを持続して行いたい。猫達も健康で居れますように。

3. 投資

今年からiDeCo(確定拠出年金)を始めたこともあり、少しずつ経済について学びながら、できる範囲で投資を始めたい。

加齢とともに生き易くなった

押井守氏の新書を読んだ。

非常に軽妙な語り口で柔軟な考え方が提示されていて面白かった。

凡人として生きるということ (幻冬舎新書)

凡人として生きるということ (幻冬舎新書)

本の内容とは逸れるだろうが書きたいことを書く。

自分の経験と感覚に限って言えば十代の頃より二十代の方が、義務教育の期間よりもそれを終えてからの方が、社会人になる前よりもなった後の方が、つまり年をとるにつれ格段に生きやすくなった。

それはなぜかと自分なりに考えると、きっと「可能性が狭まったから」だろうと思う。目の前に無限大の可能性が広がっていても選び取ることができなければ意味はない。そして可能性が大きいということは選択肢が多く選びづらいということだ。十代の頃、自分は何かを選び取ろうとして何も決めることができなかった。好きなことをすればよいと言われても無数の選択肢からメリット・デメリットを勘案して何かを選択して将来を考えることはとても難しかった。

自分は高校時代に不登校になり大学には行かなかった。専門学校に進みその道で就職したもののそれもうまくいかなかった。年月は残酷にも過ぎ去り、純粋に若者であるとは言い難い年齢に差し掛かり、目の前には十代の頃に感じられた無限の可能性は存在しない。自分なりの選択によって進んできた道によって加齢によって可能性は狭まった。

しかしそれによって生きやすくなった。いまではもうあるのかないのかわからない可能性に頭を悩ませる必要はない。あるのは自分が足を踏み出した結果に広がる世界の可能性でそれ以上でもそれ以下でもない。

30歳を目前にして思うのは、きっとこの先今よりもっと生きやすくなる中で、自分なりの選択を尊重し前向きに足を踏み出していきたいという、ただそれだけの単純なことである。